HOME 佐野市の紹介 地名のいわれ
 
佐野


佐野の地名のいわれは、いくつかの説があります(佐野町郷土誌など)。

(1) 左野説
奈良時代(8世紀頃)に、佐野地方は東山道の使道となっており、勅者、使者、蝦夷(えみし)征伐の武人らが東北地方へ下る通路となっていました。この使道の左側を左野と呼んでおり、この左側の野に人が住みついて佐野となったという説です。(道の右側を右野(うの)→上野→植野)
(2) 狭野説
佐野地方は、万葉集東歌の「安蘇山」、「三毳山」、「赤見山」などに囲まれた狭い平野であり、この地形から狭野が転じて佐野となったという説です。
(3) 麻野説
安蘇郡は、平安中期(10世紀頃)の「倭名類聚抄」(わみょうるいじゅうしゅう)によると、麻読(おみ)郷(田沼・赤見)、説多(せった)郷(葛生)、安蘇(あそ)郷(佐野・犬伏・旗川)、意部(おふ)郷(植野・界)の4郷に分かれていましたが、この中心の安蘇郷は、安蘇野が転じて麻野といわれ「あさの」の「あ」を除いて「佐野」となったという説です。
 
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