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むかしは共同で作業することが楽しみだった


田植えの写真昭和の初期頃まで舗装道路はほとんどなく、どこへ行くにも延々と狭い砂利道が続いていました。雨が降った後は道路に穴があいたり、でこぼこができるため各戸で一人ずつ出て道普請(みちぶしん)をしました。田植えの季節になると、各班内(十軒前後)で順番に田植えをして回りました。また茅葺屋根(かやぶきやね)の葺(ふ)き替えのときにも、班内の人たちが出て手伝い合いました。

このようにお互いに助け合いながらする仕事を、佐野ではエーシゴトまたはエシゴトと呼んでいました。エーシゴト(エシゴト)の歴史は古く、千年以上も前から今日まで延々と引き継がれてきました。当時の共通語では「結(ゆ)い仕事」といっていましたが、それがなまってエーシゴト(エシゴト)というようになりました。田沼地域の野上(のがみ)では共同作業をテマッケと呼び、飛駒・新合ではテマッカリと呼んでいました。いずれの方言も借りた手間(労力)は後で返すということで、貸し借りを意味することばです。

「田植え」という共同作業が終わると、田植えの終了を祝う会が開かれました。当番にあたる家に、協力し合った班内の人たちが集まって、飲んだり食べたりしながら、労をねぎらい世間話に花を咲かせました。これが何よりの楽しみでした。

(市民記者・森下喜一)

 
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