狩野探幽《十牛図》

更新日:2021年03月29日

狩野探幽《十牛図》のうち「得牛」
作品情報
作品名 十牛図
作品名よみ じゅうぎゅうず
作者名 狩野探幽
作者名よみ かのう、たんゆう
作者生没年 慶長7~延宝2年(1602~1674)
制作年 延宝元年(1673)頃
寸法(センチメートル) 縦31.2、長887.4
材質技法・員数 絹本墨画着色、一巻
備考1 黄檗諸僧偈
備考2  
English KANO, Tanyu

作品解説

狩野探幽は慶長7年(1602)狩野永徳の孫として生まれました。11歳で徳川家康に拝謁、元和3年(1617)より二代将軍秀忠に仕え、鍛治橋狩野家を興しました。江戸城や日光東照宮などの障壁画や建築装飾に従事し、幕藩体制整備と共に狩野派のゆるぎない地位を築きました。永徳らの豪壮華麗さから転じ、軽味をもつ画風を確立しました。延宝2年(1674)死去。

十牛図とは、牧童が牛を探し求める物語に沿って悟りを得る過程を示した画題で、十の絵と偈頌(げじゅ)から成ります。中国の版本をもとに日本の中世禅林で広く描かれました。探幽筆の本作では、第4図の牧童のしぐさなどに改変が加えられています。また江戸初期に黄檗禅を日本に伝えた渡来僧・隠元とその高弟の木庵による題・跋がつき、各図にも黄檗の拠点である京都・萬福寺の初代~第七代住持や隠元の弟子らによる偈頌が添います。偈頌の年記から本作は延宝元年(1673)頃、探幽死去前年の作と考えられます。

 

作品展示情報

今後の展示は未定です。

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