三の丸跡周辺(さんのまるあとしゅうへん)

三の丸跡に咲いている藤の花の写真

これまでにご紹介した大炊井戸から東に向かうと「四つ目堀」に出会います。『下野一国』には「堀のひろさ5間有り」と記され、規模の大きさがうかがえます。現在、神橋で堀を渡りますが、以前は外敵に備えて使用しないときに引き上げてしまう曳橋であったとされています。

更に東へ進むと、帯曲輪、三の丸と続きます。帯曲輪は土塁を伴った細長い平坦地で、馬屋があったとされています。三の丸跡は帯曲輪より少し高く、整然とした広い平坦地で、賓客の応接間があったとされています。

ところで、先ほどの四つ目堀は、大炊井戸や天徳寺丸(西城)等の山頂西域と、三の丸周辺から本丸の中央域を、大きく分断する役割があったと考えられます。敵に攻められて西城等の西域が落ちた場合、三の丸周辺は中央域の最前線に当たることになります。このため、背後に位置する二の丸や本丸を防備するための重要な役割も担っていたことでしょう。

この記事に関するお問い合わせ先
教育部文化財課

〒327-8501
栃木県佐野市高砂町1
電話番号:0283-25-8520 ファクス番号:0283-20-3046
お問い合わせフォームはこちら

更新日:2019年12月02日