秀郷の伝承

上にむかでの化け物に向かって藤原秀郷率いる武士たちが弓矢で退治しようとしている「三井寺物語」の絵と下に鳥居の奥に山のように土が盛られている新吉水町にある藤原秀郷公墳墓の写真

平成24年度は、佐野氏ゆかりの人物をテーマとして、唐沢山城との関わりなどもご紹介していきます。初回のテーマは「秀郷」です。

皆さんは、「ムカデ退治」の話をご存じでしょうか?多くの方がすぐに藤原秀郷の名を思い浮かべることでしょう。秀郷は謎を多く持ちながらも、郷土の歴史を語る時、始めに挙げられる人物といえるでしょう。

秀郷は、藤原北家の流れをくむとされ、天慶3年(940)、平貞盛とともに平将門を討伐したことで、下野守(しもつけのかみ)、武蔵守(むさしのかみ)に任じられています。その後、秀郷の系譜は栃木県や群馬県など、さらに東国へと広がっていきました。

秀郷は、佐野氏の祖とされ、現在でも郷土に多くの伝承などが残されています。唐沢山城築城のいわれを有し、多くの市内神社仏閣の縁起にもその名が登場します。天明鋳物の起源も、秀郷が関西より鋳物師を移住させたことが始まりと伝えられています。現在、新吉水町に残る藤原秀郷公墳墓は、市指定史跡となっています。

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更新日:2019年12月02日