唐沢山城と上杉謙信
唐沢山城と上杉謙信全国に数多くの中世の城跡が確認されていますが、文献史料に記されているものは、とても少ないのです。そうした中で唐沢山城は、信頼できる古文書にも比較的多くのことが書かれている珍しい城と言えましょう。
『松陰私語』という記録から、室町時代の中頃、15世紀後半には、この城がすでに存在していたことが分かっています。戦国時代に入り、永禄4年(1561年)以降、関東への出兵を繰り返した越後の上杉謙信に、唐沢山城はたびたび攻撃されます。しかし、名将謙信にしてもその攻略は相当難しかったらしく、永禄7年8月の謙信書状には「とても険しいところだが、懸命に攻めた」と記されています。結局城は陥落し、謙信の管理下に置かれました。永禄9年5月の書状には、関東における上杉氏の重要拠点の1つとして佐野の地をあげ、謙信がいかにこの唐沢山城の戦略的価値を重く見ていたかが、よく分かります。
調査指導委員・松本一夫(文献史学)
シンポジウム開催される
10月31日に、シンポジウム「東日本における唐沢山城の重要性について」が開催されました。郷土博物館の企画展「唐沢山城と佐野氏」(11月23日終了)に合わせたものです。
近年の戦国武将ブームもあり、申し込みが殺到。当日は約160人の参加者が、専門家の講演やパネルディスカッションに聞き入り、会場は熱気に包まれました。唐沢山城の重要性を再認識した1日でした。
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更新日:2019年12月02日